平成17年12月25日(日)

男たちのYAMATO

久々に映画館で映画を観ました(まぁ、映画館でなかなか他のものを観る機会もないでしょうが・・・)。

今回は、その久々に映画館で観た映画、「男たちのYAMATO」についてお話しましょう。

 

あらすじはこんな感じです。

 

平成17年4月、旧日本海軍の戦艦「大和」撃沈から60年目を向かえる年に、一人の女が鹿児島県枕崎にいた。

女は地元の漁業組合に大和撃沈の場所まで船を出してくれと懇願するが、長時間の航行となる上、危険な水域とのこともあって誰も船を出してくれるものなどいなかった、一人を除いては。

それは漁師の老人だった。

その女の様子を傍らから見ていた老漁師は、女の熱心さにほだされ、その海域に行きたい理由を尋ねた。

すると、以外な事実が分かり、老漁師はその海域へ女を連れてゆくことにした。

戦艦大和の乗組員で特別年少兵だった老漁師は、自分が海軍に志願した時と同じ年頃で手伝いをしてくれている少年と、その女とで大和撃沈の海域へと出航した。

道すがら、老漁師は自分が大和の乗組員だった頃の話を女と少年に話すのだが・・・。

 

と、まぁ、こんな感じです。

一応、戦艦「大和」をご存知ない方の為に少し書きましょう。

 

戦艦「大和」とは昭和20年以前、現在の日本国がまだ大日本帝国と名乗っていた頃に帝国海軍が国の威信(っていうか海軍の威信じゃねーかな)をかけて建造した、当時世界最大の巨大戦艦のことです。

戦艦というのは基本的に大砲を何門も装備していて、陸上への攻撃(艦砲射撃)にて建物や軍事施設、兵器を破壊するのが主な目的だと私は思っていますが、どうしても海戦(艦隊同士で攻撃し合うこと)の方が歴史の話題に上るので、どっちかって言うとそのほうが印象に強く残ってしまいますね。

現在、もろもろの爆撃は航空機の方が圧倒的に便利なので、どの国も戦艦らしきものは所有していないんじゃないかと思いますが、航空機が発達する以前、陸上への攻撃(海沿いに限りますが)は戦艦の仕事だった訳です。

ちなみに史実上、大和は昭和20年4月に軍令で米軍の沖縄上陸を陸上砲台となって阻止すべく(沖縄の沖合いにいる米軍を殲滅した後、陸上に乗り上げよとの命令だった)片道分の燃料を積んで沖縄に向けて出撃したのですが、途中、鹿児島県の枕崎沖にて米軍の多数の航空機に包囲され、機銃と魚雷をしこたま被弾した挙句、火薬庫が引火して大爆発をしながら真っ二つになって海中へ沈んだということになってます。

乗組員3000人余りのうち、生存者は200人とか300人とかっていう話とか(10人に9人は生存が確認できなくなっているわけですから)、生存者の方の手記なんか読んでみると、この攻撃がいかに壮絶だったってことは分かります。

話は少しそれますが、20年前ぐらいにNHKスペシャルで沈没した大和の様子を水中カメラで撮影した話を放映していて、証言なんかに基づいて大和がどのように沈んでいったのかが、その沈没した様子と照合してみるとほぼ正確(海中に沈んでいる大和は確かに真っ二つになって沈んでいた、とか)だったってことがわかった、なんて話をそーいえば最近NHKアーカイブスで観ましたね。

 

と、まぁ、余談はここまでとして、映画の内容について話しましょう。

あらすじでも紹介した通り、大和に乗り組んでいた特別年少兵(以下、“特年兵”)だった老人が、港で大和撃沈現場へ行ってくれる船を探していた女と巡り合ったところから話は始まります。

老人は女と、これもあらすじで紹介した手伝いをしてくれる少年とに大和乗組員だった頃の話をするのですが、これが回想シーンとして映画全編に展開されます。

史実上、大和はレイテ沖海戦でめちゃくちゃ被弾したので修理の為に日本(広島県の呉のドック)に帰港していたんですが、軍部から沖縄行きの軍令が下達されたので出撃することとなります。

この軍令は事実上、特攻作戦なので生きて帰って来れないと乗組員は覚悟していて、下船してた乗組員は親族、友人、恋人なんかに分かれを告げるわけですね。

母親との別れ、恋人との別れ、そこにはそこはかとなく人間ドラマが展開するわけですが、私はこういうのに弱いので少し涙ぐんでしまいました。

いよいよ出撃となり、航路の途中、むざむざ死にに行くという無意味さ、国の為に華々しく散るという栄誉的なこととの間に渦巻く葛藤、そして覚悟。

上官が死地に赴く乗組員のため、思いの丈をぶちまけても良いという許可を下すほどの精神状態。

だいたい「死二方用意」だなんで言葉があること自体、尋常じゃありません。

瀬戸内海を出たくらいで米軍の航空機(偵察機)と頻繁に遭遇することになり、大和は撹乱のため航路を偽装しますが、その先にまで米軍機が出没する始末。

ちなみにこの頃、日本軍の暗号文は米軍に傍受され完全に解読されていたので、偵察機が先回りすることなんで簡単だったんだろうなぁ、って思います。

覚悟を決めた司令官以下上官たちは、まっすぐ沖縄へ向かうことにするわけです。

そして運命の海域へ到達した大和。

多数の米軍機を確認し戦闘状態へ突入するわけです。

ここで、この映画の見所となります。

1/1で作られたオープンセットはリベット一本までリアルに仕上げられており、臨場感を盛り上げます。

飛来する大量の米軍機、雨あられのように船上へ機銃が照射されます。

船上の機関砲はことごとく破壊され、乗組員はことごとく倒されます。

米軍機から発射される魚雷は大和のいたるところに命中し、いかな巨船とはいえ、いよいよ終焉の時を迎えるわけです。

このシーン、私が観て来た戦争映画の戦闘シーンで一番悲しいシーンでもあります。

ほぼ、無抵抗に機銃に倒れてゆく乗組員、撃っても撃っても減らない米軍機。

涙が出るとか、そういう次元とはまた違う、空しいというか、なんというか。

 

で、この後はどうなるかは映画でお楽しみください。

 

あと、私が思ったことを書きます。

主人公の特年兵であった老人の担当が三連の機関砲だったのですが、イメージ的に機関砲ってどのくらい人数がいれば撃てるものだと思います?

私が知らなかったのですが、この機関砲を撃つのに5人いるんですね。

まず、引き金を引く人、この人は銃口の上下(仰角、俯角)を操作、調整することも兼ねます。

次に左右方向を操作、調整する人、この人はこれだけやります。

次に弾丸のマガジンを脱着する人、これは砲門あたり一人で3連であれば3人必要。

ここで5人ですよね。あと一人は指示する人なんすね。

で、機関砲を撃つまでのプロセスってのがこんな感じです。

まず、指示する人が左右方向と上下角度を指示します。

すると、各々の係りがその指示でその位置へ動かします。

で、指示する人が射撃の指示をします。

すると、射撃の係りの人が引き金を引いて射撃を行います。

弾が尽きると、指示する人はマガジンを交換するように指示します。

すると、その係りの人たちがマガジンを交換します。

と、いったサイクルです。

この機関砲は(映画で観た限りですが)連続掃射が30秒ほどしか出来ないんで頻繁にマガジンを交換することになります。

で、その弾の補充をどうしているかと言うと、人が甲板の上を走り回って持ってくるんですね。

・・・、なんと暢気な。

映画観てて「こりゃ負けるわ・・・」と、心の中でつぶやいた私なのでした。

余りにも効率が悪すぎる、弾を持ってくるのに甲板の上を走ってくるなんて余りに危険な・・・。

で、もう一つ、戦闘状態となったとき、艦長が指揮陣地(だったかな)で指揮を取るのですが、これも知らなかったのでびっくりしました。

私は艦橋の指令室がそうだと思っていたのですが、これがなんと指令室より更に上にある(レーダのアンテナぐらいの所にある)何にも防弾設備の無い野ざらしなところなんですね。

そこに4,5人の人が双眼鏡をもって周りを哨戒し、艦長は伝声管のしゃべり口がいくつもついている机みたいなところで指示を出すんです。

これって戦闘のさなか、すぐ被弾しそうな気がするんですが・・・、まさしく「死にたいのかっ!!」って感じです。

最後に、この映画はまさしく反戦映画で戦争の悲しさなんかが良く出ていると思います。

出演者も豪華で、俳優さんの演技もまたこの映画を良くしている一因であるでしょう。

エンドロールに流れる歌、長淵さんの「Close your eyes」も、映画を観た後ならば、より良い歌のように聞こえます。

ただ、これ映画は好みが分かれる映画でもあるかと思います。

私は、たまたま史実をそれなりに知っていたので非常に興味深く観ることができました。

面白くないと思う人には、面白くないかも知れません。

っていうか、面白い映画じゃないですから。

これは、感銘深い映画と言ったほうが良いかと思います。


平成17年11月28日(月)

D.P.

ユリ                                               ケイ

 

もうかなり昔の話。

「スタジオぬえ」という創作集団に二人の女の人が居たそうな。

この二人、「なによお」って言うときに「あによお」、とか言ったりして、会話がとっても面白かったそうな。

で、これを見ていたある小説家が、「この二人の会話を小説に取り入れたら面白かろうな」、と、思ったそうな。

で、その小説家はある物語を作ったそうな。

それが「ダーティペア」シリーズとなったそうな・・・。

 

と、まぁ、ホントか嘘かは分かりませんが、こんなエピソードが小説のあとがきにかなんかに書いてあった記憶があります。

小説家の名は高千穂遥氏で「ダーティペア」シリーズのほかにも色んな小説を書かれていますが、私はこのシリーズしか読んだことがありません。

ちなみに高千穂氏は「スタジオぬえ」の主宰だったとか・・・。

「スタジオぬえ」ってのは(私の印象では)主にSFチックな話を手がける創作集団(かの「宇宙戦艦ヤマト」(アニメの方)とか、「超時空要塞マクロス」とかの原案を手がける)でアニメ業界では結構有名だったように記憶しています。

 

と、この絵の話から少し反れましたので話を元に戻しましょう。

「ダーティペア」シリーズってのは太陽系以外の恒星系の惑星に植民ができるようになったぐらい未来の話(「銀河連合」という機関があるぐらいだから)。

で、その銀河連合の一機関「世界福祉事業協会(World’s Welfare Work Association)」略して「WWWA(スリーダブリュエー)」のトラブルコンサルタント、コードネーム「ラブリーエンゼル」で称される「ユリ」と「ケイ」の二人の女の子(年齢設定が二人とも19歳ぐらいだと思った)が主人公です。

この二人、犯罪捜査のトラブルコンサルタント(略して“トラコン”)として銀河系各地に派遣されます。

基本的に相談員(コンサルタント)なんで、相談内容に対して、実力行使など、あまり干渉できる立場ではないのですが実際はと言うと、惑星一個を破壊したりして大体とんでもないことをしでかしてしまうんですな。

で、そんなことばかりしている彼女たち、おかげで彼女らにある「ラブリーエンゼル」ってコードネームでは誰も呼ばず、「ダーティペア」と彼女らには不本意な形で呼ばれているって訳です。

と、まぁ、察しの良い方ならばなんとなく話の感じを分かって貰える(?)かと思いますが、興味を持たれた方は一度読まれてはいかがでしょうか。

でも、この小説って今でも手に入るのでしょうか?

私が最後に手に入れた「ダーティペアの大脱走」は、初版が1995年なんですね。

と、言うことはもう10年以上前の話なんですなぁ。

また、今、私が持っていた本はどっかにいっちゃったんでわかんないのですが、一番始めの「ダーティペアの大冒険」ってのは多分初版が20年以上前だと思います。

あとこれはかなりあやふやな記憶なんですが、「ダーティペア・フラッシュ」ってのが小説だかアニメ(OVAかな?)だかで出ていたような気もします。

 

おっと、肝心の絵の話から話がそれてしまっていますな。

では、この絵のお話を少し。

私にとって「ダーティペア」の「ユリ」と「ケイ」の絵を書くことは積年の目標でした。

この小説ってカバーや挿絵を安彦良和先生が書かれているんですよねぇ(多分シリーズの4作目までだと思いますが)。

―安彦先生をご存知無い方はアニメ「機動戦士ガンダム」(一番初めのシリーズ、最近「一年戦争」って呼ばれてる話)の人物のデザイン(キャラクターデザイン)をされた方だということで、続きを読んでください―

未だ安彦先生からは遠く及ばない私の画力ですが、私自身、私なりのユリとケイを描いて見たくて、長年、思いつくごとに描いてみてたんですね。

でも、大体下書き段階で自分の持っているイメージと違っていていつも断念していました。

ところが、最近、ハイパーペイントっていう描画ソフトを手に入れまして、下書きなしでダイレクトで描いてみたら、ほぼ、自分のイメージ通りの「ケイ」が描けたんですよ(私は大体「ケイ」の方から描き始める)。

これは「ユリ」の方も描かねばっ!!と、思い描き始めたんですが・・・、これがまた大変でした。

私の持っている「ユリ」のイメージがどーしても描けなくて、あーでもない、こーでもない、と描いているうちに、「ま、いっか」ってな感じで上のような絵になってしまいました。

あと、体の構図は気にしないで下さい。

自分でも変なのは重々わかっていますんで・・・。

で、今回、これ描いていて難しいなぁって思ったのは、服をメタリック(アルミホイル風)にしたかったんでそれを描こうと思ったんですが、その「メタリック」をどういう風に表現するかってことです。

試行錯誤の末、なんとなく「メタリック」っぽく見えないことも無いかなぁ、ってトコまで描いて見ましたが、いやーっ、難しいですねぇ「メタリック」って。

余談ですが、この衣装、安彦先生が高千穂氏に「この二人の衣装をどんな風にするか」と、聞かれたとき、やおら高千穂氏が映画「地獄の黙示録」のパンフレットを開いて(軍の宿舎に慰問に来たプレイメイトのカウボーイ風の格好があるんですが)「これが良いっ!!」と言われたそう(多分小説のあとがきかなんかで読んだんだと思う)なんで、私もそのイメージで描いてみました。

でも「メタリック」風な生地は安彦先生のカバーイラスト見て、それはそれがダーティペアの印象だろう、ってことで描いてるんですけどね。

うーん、どーしてもオリジナリティに欠けるよなぁ、「ユリ」なんかこれで鬼の角を付ければ異星から来た鬼娘って感じだもんなぁ(わはは)。

平成17年11月21日(月)

徒然に・・・その(いくつだっけ?)

この文は一応、“日記”的なことを書く“月記”というコーナなんで「です、ます」調では記述されていません。

 

11月5日:Swing Girls

最近、フジテレビ系列のテレビ局で映画「Swing Girls」を放映していた。

この映画、映画「Water Boys」の監督さんが手がけた作品で、話の展開が「Water Boys」とあんまり変わんないけど、こういう話は好きだなぁ。

 

11月5,6日:グータラ

土曜日、寝て過ごす。

日曜日、寝て過ごす。

・・・

そのうち寝たきりになるぞ、きっと。

 

11月9日:YAMATOは永遠に?

長渕さんのライブ、「LIVE TOUR 2005 YAMATO」のファイナル(日本武道館)に行ってきた。

相変わらず、MCで言いたいこと言っていたけど、突然、長渕さんが泣きそうになって、

「色々あるんだよぉ〜、俺も。」

って言い、マイクスタンドにもたれかかって顔を伏せた。

長渕コールが鳴り響き、励ましの声援が飛ぶ。

なかなか顔を挙げない長渕さんに、俺もつい、もらい泣きしそうになった。

そして顔を挙げた長渕さんが一言。

CD売れねーんだよぉ、おまえらCD買えよぉ〜っ」って・・・。

にゃにぃ?・・・俺の涙を返せ〜〜〜〜〜っ!!(って、出てないけど・・・)

出すアルバム、出すアルバム、ベスト盤みたいなんじゃぁ売れる訳ねーじゃんかよぉっ!!

もっと考えてくださぁ〜い。お願いしますよぉ〜っ!!

と、まぁ、文句もあるが、そんなところが長渕さんだしライブはそれなりに良かったので許す。

あと山本KID選手と(元)巨人の清原選手が客席にいたのはびっくりしたけどね。

 

11月13日:霊前にて

最近、元、会社に勤めていた人が亡くなった。

一度線香をあげに行こうと考えてた。

そして、この世から魂が居なくなる前にそれができた。

祭壇の上には小さな箱になってしまったあの人。

遺影は静かな微笑みをたたえていた。

まだまだ若かった。

俺は霊前に線香をあげた。

なぜか悲しみも、寂しさもこみ上げてこなかった。

ただ、それとは違うマイナスな印象だけを感じた。

親族が亡くなったときとはまた違うマイナスなイメージ。

もしあれが喪失感というのならば、人間を失うということは、何にも言い換えることができないほどの喪失感を与えるのだろう。

感情を無くすまでに。

あと何回。

・・・こんな思いをすればよいのだろう。

 

11月18日:十二国記

出張にて、電車移動は暇だから、十二国記の「西の海神、東の滄海」を何回か読み返した。

斡由(“あつゆ”と読む)みたいな奴、絶対居るよな、この世の中に・・・、って思った。

 

11月:納期に向かって(曲:明日に向かって)

スタートダッシュに遅れた俺

そんな自分に気づくことがある

なにかどこかで違ったことをやらかしたらしくて

挽回できずに、ここまでやって来た。

 

本気で夢見たいなことを言ってる奴らの中で

本気の道を見失ったらしい

目を瞑ったところで解決なんかしない

俺にはかけがえのないイカしたNice my feeling

 

すべては時代(とき)の流れのせいかい

辞めてく奴など無視しちまえ

ヒントは俺の足元にころがっている To Oh Mow(と、思う)

 

納期に向かって

納期に向かって

ずっとこのまま突っ走るとヤバいっ!!

 

11月:憂鬱

最近、なんだかつまらない。

マンネリな毎日だから?

でも、そうそう毎日ドラマチックじゃ身が持たない。

仕事が激ヤバだから?

でも、そうそう激ヤバだと身ももたねーよなぁっ!!

 

11月21日:まぁ、色々あらぁな

だから・・・。

元気出して行こうっ!!

辛気臭くちゃ、生きてて申し訳が立たない!!

元気出して行こうっ!!

逝ってしまった人たちに捧げる俺の鎮魂歌の代わりにっ!!